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その違和感は正しい。で、どうする?【opinions】

201506overture2Photo:14i3607 by SLTc, CC BY-SA 2.0

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今から2年前の2013年3月、あるコンピュータ雑誌で「iOSと日本社会に足りないもの」と題するコラムが始まった。モバイルとは単にモバイル機器を指し示すのではなく、モバイルという「いつでも、どこでも、だれでも」の状態を指し示す。その“モバイル”をビジネスの現場に活かすことにどれほどの可能性が秘められているのかについて、名だたる大手企業に対しコンサル・人材育成を提供している人物が提言するという、いわばビジネスモバイル論といえる内容だった。ここではそのコラムを今後チョイスして再掲していくわけだが、IT業界における2年といえば激動の進化。「そんな古いものを」と思われる輩もおられよう。しかし、選択肢が増え、導入障壁が低くなっただけで、モバイルは考えずに使えるほどまだ成熟してはいない。テクノロジーを活かすも殺すも結局は人である。変えるべきものは何なのかを今一度考える機会にしてもらえれば幸いだ。

第22話 その違和感は正しい。で、どうする?

IT-ROIという言葉が使われるようになってどれくらい時間が経つだろうか。IT-ROIというのは、ITを必要経費としてではなく、設備投資と捉え、ROI(Return On Investment:投資対効果)を最大化しようという考え方である。しかし、日本の大手企業におけるモバイル活用の現場を見ると、IT-ROIの概念が無視され、投資ではなく、経費的なお金の使われ方になっていると感じることが多い。具体的な例を示したい。

iPhoneを数千台規模で導入しているA社は、カメラ機能やアップストアなどのスマートフォンとしての特徴的な機能をすべて使えないような設定をしている。その設定を一言でいうと、「電話機能だけが使えるiPhone」「ガラケーを使いにくくしたiPhone」である。また、iPadを数千台規模で導入しているB社は、リモートデスクトップを利用し、外出先から社内のPCにアクセスできる端末としてiPadを活用している。タブレットとしてさまざまな用途に応用できる可能性を排除し、いわば「9.7インチの綺麗なディスプレイ」として活用しているのである。

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このような事態に対して、実際に利用している現場のユーザはどう思っているかというと、「なんだかおかしい」「もっと有効な使い方があるはず」「最新鋭のデバイスを導入しなくても、今までのやり方でよかったのでは」「せっかく投資したお金が無駄になっている」と皆が口を揃えていうのである。また、IT部門やIT子会社も「本当はもっと有効活用できるような方式で導入したいのだが、セキュリティポリシーの壁が高い」「活用の妨げになるようなセキュリティのルールは変えなければならない」と主張する。さらに経営層も「これでは投資対効果が低いと指摘したのだが、セキュリティ事故が絶対に起きない仕組みとして、安全を優先せざるを得なかった」などという。

つまり、当事者全員が投資対効果をほとんど出せない使い方に関して、何かおかしいと思いつつも、放置しているのが現状なのである。なぜ、このようなことが起こるのか? 原因はシンプルである。関係者全員が何か違和感を覚えており、現状を変えなければならないと思っていても、かなり面倒な「調整」を自分が主体的にやりたくないからである。「みんなのためになる変化」を組織的に起こそうとすると、誰かがいい出しっぺにならなければならないが、自分がいい出しても完遂しきれず、失敗してしまうリスクと、変革に成功したときのリターンがまったくバランスしていないのが大企業なのである。つまり、会社としてのROIと個人としてのROIが相反しているということだ。同じような事態は企業だけでなく、社会全体にも見受けられる。

例えば、自分の属するコミュニティで「なぜ、あいさつが交わされないのだろう」と違和感を抱いていても、なかなか「みんなであいさつをしましょう」とはいい出せない。国のレベルでも効果が疑問視されるような公共事業、すでに時代遅れになってしまって矛盾が露呈しているような法制度など、多くの国民が「現状を変えるべき」と思っていても、自分がいい出しても仕方がないということで放置されているケースが大半である。つまり、変化に向けて最初の一歩を踏み出す勇気が足りないのが今の日本だと思う。

このような話は日本社会に限ったことではなく、人類の習性ともいうべきか、マハトマ・ガンジーは次のような名言を残している。

「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないためである」

自分が違和感を感じることをいつの間にか受け入れるのではなく、主体的になんらかのアクションを起こしたいものだ。おかしな環境に慣れきってしまって、自分が自分でなくなる前に。

初出:Mac Fan 2015年6月号 

執筆者

福留大士/1976年鹿児島県生まれ。株式会社チェンジ代表取締役COO。アクセンチュア勤務後、27歳で独立・開業し、大手企業に対するスマートデバイス利活用、BYODなどのコンサルティングや人材育成のサービスを提供している。