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[集中連載]えっ! 日本のモバイルPOS市場で一人勝ち?vol.2【opinions】

GMBAでは、Meetupイベントのテーマ同様、モバイルITにおけるテクノロジーの進化とレギュレーションの変化によって、どんなビジネスチャンスが生まれるのか、という視点にフォーカスを当てている。この短期集中連載では、その視点をもって「モバイルPOS市場で今何が起きているのか?」について取り上げていく。
取材先はfjコンサルティング 代表取締役CEO瀬田陽介氏。カードセキュリティの認証機関などの代表取締役を経て、カード業界のコンサルタントとして活躍。カードビジネスの現状から複雑な技術的解説まで、カードについてのすべてを包括的にわかっている第一人者だ。カードセキュリティ関連のビジネスを展開しているNANAROQ株式会社でアドバイザーも務めている。

第2話 成功するべくして成功した「楽天スマートペイ」

そんな状況の中、国内のモバイルカード決済市場で成功を収めつつあるのが、2013年3月から始まった「楽天スマートペイ」だ。

「日本のモバイルPOS市場は、楽天スマートペイの一人勝ちと言ってもいい状況です。楽天が成功したのには、成功するだけの理由があります」

 

瀬田氏は、楽天スマートペイの成功の要因は5つあると分析している。

1つは、決済手数料率を3.24%と固定し、公開したこと。「これはカード業界としては画期的なことでした。透明性が生まれ、加盟店になるためのハードルが低くなりました」。

2つ目が導入費用を実質0円にしたこと。現在でも導入時にはカード決済端末は7980円で購入してもらうことになっているが、頻繁にキャッシュバックキャンペーンを行い、決済端末代金分をキャッシュバックする。スマートフォンやタブレットさえあれば、実質0円で加盟店になれるのだ。

3つ目が、支払いを365日翌日振込みにしたこと。これで小規模店舗でも資金繰りの不安がなくなる。

4つ目がJCBの取り扱いを行ったこと。これで楽天スマートペイはVISA、MasterCard、JCB、AMEX、Dinners Club、DISCOVERと、ほとんどの主要カードブランドに対応することになり、消費者の利便性が高まった。

5つ目が、楽天のみではなく楽天カード、楽天銀行などグループ全体で楽天スマートペイ事業を展開していること。楽天市場に出店している店舗は約4万1000店舗ある。この店舗がリアル店舗での決済方法として、楽天スマートペイを選ぶ可能性を秘めている。楽天銀行にも口座を持つ加盟店も多い。サービススタート時から4万店の加盟店候補があり、しかもカード、銀行に事業を展開できる。決済端末を実質0円にしても、十分に利益が見込めることになる。

「さらに、楽天は加盟店のEC、リアルのお金の流れを把握しています。グループ企業の楽天銀行、楽天カードの情報と重ねあわせることで、どの店舗に楽天スマートペイを導入すれば効果があるかが精密に分析ができます。そういうところから営業をかけて導入していくので、成功するべくして成功したといってもいいほどです」

fjコンサルティング株式会社 代表取締役CEO瀬田陽介氏。カードセキュリティの認証機関などの代表取締役を経て、カード業界のコンサルタントとして活躍。カードビジネスの現状から複雑な技術的解説まで、カードについてのすべてを包括的にわかっている第一人者だ。カードセキュリティ関連のビジネスを展開しているNANAROQ株式会社でアドバイザーも務めている。

◆カード業界に激震が走ったカードのEMV(ICチップ)化

ところが、2015年1月15日に業界に大きな衝撃が走った。カードブランドのレギュレーションが変わり、モバイルPOS市場はEMV(EuroPay、MasterCard、VISAの統一規格。いわゆるICチップ付きクレジットカード)に舵が切られたのだ。

従来は磁気ストライプ式のカードだったが、これがEMVになると、決済端末もそれに対応したものにしなければならない。磁気ストライプ式はいわゆる「カードを擦る」形で読み取りを行うが、EMVは専用端末に差し込み、顧客にPINコード(暗証番号)を入力してもらわなければならない。

「モバイルPOS市場がSquare、楽天スマートペイなどを中心に育ってきたのは、1つには磁気ストライプ式の取り扱いが簡単で、決済端末も1000円程度と安くつくれることにありました」

これがEMVの決済端末になると、瀬田氏の見積りでは1万円以上になってしまうという。なぜ、カードブランドはレギュレーションを変えたのか。

「安全性のためです」

2013年末、米国で1916店舗を展開する日用雑貨チェーン「Target」から4000万件にのぼるカード情報が流出し、そこから7000万件の顧客の個人情報が流出した。磁気ストライプ式カードはカード情報さえわかれば偽造、不正利用ができてしまう。しかし、EMVではICチップの偽造はほぼ不可能、さらにPINコード入力が必須なので不正利用もほぼ不可能。安全性が格段に違う。カードブランドとしてはEMVに移行して不正利用を減らしたい思惑がある。

「VISAはさらにライアビリティシフト(債務の移行)を進めています」

これは大まかに言うと、磁気ストライプ式のカード決済における不正利用が起きた際に、EMVリーダのない端末で決済された場合、加盟店(もしくはアクワイアラ)側がその損害を被るという厳しいものだ。今年10月から日本、中国などを除く太平洋地域で、2017年10月からは日本、米国、中国などで開始する予定だ。事実上、EMVに移行せざるを得なくなる。EMV用決済端末は1万円以上するのが常識で、これではせっかく育ってきたモバイルPOS市場に水をかけることになる。

「カードブランドの論理としては、今までが特例だったという考え方です。EMVへの移行は時代の流れであり、モバイルPOS市場のために危険な磁気ストライプ式を残しておくことはできないと考えているようです」

このレギュレーション変更は、モバイルPOS市場にとって大きな打撃となった。2012年に12月にソフトバンクと合弁で日本市場に上陸したPayPal Here(ペイパルヒア)は、新規カードリーダの販売を停止してしまった。SquareもEMV対応の決済端末の発売は未定になっている。楽天スマートペイは、すでにEMV対応の決済端末を7980円で発売を始めていて、さまざまなキャンペーンで実質0円にしているが、これは体力のある楽天だからできること。ベンチャー系のモバイルPOS企業は、大きく苦戦を強いられている状態だ。

EMV化されても、初期費用実質0円を貫いている楽天スマートペイ。加盟店になるだけではなく、楽天カードへの加盟、楽天市場への出店、楽天銀行の口座など、グループ企業全体で利益を上げられる仕組みを構築しているので、実質0円が維持できていると考えられる。モバイルPOS市場は、楽天スマートペイの一人勝ちといってもいい状況だ。

「確かにモバイルPOS企業にとっては大きな衝撃になりました。しかし、私はモバイルPOSは過渡的なサービスだと考えています。なぜなら、どのサービスも加盟店側の利便性ばかりを考えていて、消費者側のメリットがあまりないのです。消費者が望んでいることは、複数のカードを1つにまとめたい、カードを持ち歩かなくてすむようにしたいなどです。ここを解決したApple Payのようなサービスにしだいに移行していくことになると見ています」

(第3話につづく)

執筆者

牧野武文/テクノロジーと生活の関係を考えるITジャーナリスト。IT関連本を中心に、「玩具」「ゲーム」「論語」「文学」など、幅広くさまざまなジャンルの本を執筆。著書「Macの知恵の実」「横井軍平ゲーム館」「大失言」「萌えで読み解く名作文学案内」「ゼロからわかるインドの数学」「Googleの正体」「論語なう」など。