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[集中連載]Apple Pay、国内サービスインを阻む3つの壁vol.3【opinions】

GMBAでは、Meetupイベントのテーマ同様、モバイルITにおけるテクノロジーの進化とレギュレーションの変化によって、どんなビジネスチャンスが生まれるのか、という視点にフォーカスを当てている。この短期集中連載では、その視点をもって「モバイルPOS市場で今何が起きているのか?」について取り上げていく。
取材先はfjコンサルティング 代表取締役CEO瀬田陽介氏。カードセキュリティの認証機関などの代表取締役を経て、カード業界のコンサルタントとして活躍。カードビジネスの現状から複雑な技術的解説まで、カードについてのすべてを包括的にわかっている第一人者だ。カードセキュリティ関連のビジネスを展開しているNANAROQ株式会社でアドバイザーも務めている。
第3話はApple Pay(アップルペイ)だ。Apple Payの日本サービスインもそう遠くないといわれている。しかし、日本のクレジットカード会社がApple Payに対応するかどうかはまた別の話。Apple Payはカード利用を大きく拡大する武器にもなるが、対応するまでのハードルは決して低くない。どのような壁が存在するのか?

第3話 Apple Pay、国内サービスインを阻む3つの壁

「Apple Pay」のサービスインを心待ちにしている人は多いだろう。Apple Payは消費者にとって究極の形の決済スタイルになるからだ。現在、日本には大きく分けて現金、電子マネー、クレジットカードの3種類の決済方法がある。この中でもっとも便利なのは電子マネー。レジの専用端末にかざすだけで決済が完了する。クレジットカードも便利ではあるが、サインをする、PINコード(暗証番号)を入力するなど本人確認というステップがあり、利用シーンを限って使っている人はまだまだ多い。

では、Apple Payは何が理想的なのか。少しここでおさらいをしておく。Apple Payはクレジットカードを電子マネーのようにiPhoneをかざすだけで使えるようにしてくれる仕組みだ(本人確認はタッチIDの指紋認証で行う)。さらに、複数のカードを登録しておくことができ、支払うカードを選べるという利点もある。Apple Pay対応店舗が増えてくれば、物理的なカードを持ち歩く必要がなくなる。現物のカードは家の金庫にでも入れて保管しておけばいいので、紛失、盗難の恐れがゼロになる。iPhone本体を紛失、盗難に遭っても、タッチIDの指紋認証があるので他人に利用されてしまうこともまずあり得ない。消費者の管理負担が大幅に軽くなるのがメリットだ。

Apple Payへのクレジットカード登録は、手入力でもいいが、カメラを起動して撮影して自動読み込みもできる。複数のカードを登録することができ、Apple Pay対応店舗が増えてくれば、実物カードは持ち歩かなくてよくなる。もちろん、ネット通販の支払いにも対応している。

◆カード会社の利益は減少?

「日本でもApple Payは1年以内にサービス開始になると予測しています」

とは瀬田陽介氏の弁。アップルの動向、カード業界の動向から見て、Apple Payの日本サービスインにそう長い時間はかからないと話す。ただし、問題は日本のカード会社がApple Payに対応するかどうか、あるいは対応できるかどうか。なぜなら、Apple Payに対応するには、カード会社は3つ壁を乗り越えなければならないからだ。

fjコンサルティング株式会社 代表取締役CEO瀬田陽介氏。カードセキュリティの認証機関などの代表取締役を経て、カード業界のコンサルタントとして活躍。カードビジネスの現状から複雑な技術的解説まで、カードについてのすべてを包括的にわかっている第一人者だ。カードセキュリティ関連のビジネスを展開しているNANAROQ株式会社でアドバイザーも務めている。

1つ目の壁がオンアス取引だ。クレジットカードの仕組みは、よく「ブランド」「イシュア」「アクワイアラ」という言葉で説明され、頭がごちゃごちゃになる人も多いと思うが、幸か不幸か日本は特殊で、ほとんどのカード会社が「イシュア」と「アクワイアラ」を兼ねている。そこで、日本のカード事情を理解するのであれば「ブランド」と「カード会社」という2つを押さえることで簡単に理解できる。

ブランドというのはVISA、MasterCard、JCB、AMEX、DISCOVERの5大ブランドが有名で、国際的な決済の仕組みを持っている。そのため海外でもカードが使えるわけだ。国内のカード会社、例えばA銀行は、国際ブランドのいずれかと契約をして「A銀行VISAカード」を発行する。そしてA銀行は「A銀行カードの加盟店になってください」と店舗営業を行う。このような店舗で消費者が「A銀行VISAカード」を使った場合、販売金額の数%の手数料はまるまるA銀行のものとなる。これがオンアス(On Us=内輪の)取引だ。

一方で、B銀行も「B銀行VISAカード」を発行し、B銀行カードの加盟店を募集する。A銀行カードを持った消費者が、このB銀行カード加盟店で買物をした場合、支払いはA銀行からVISAを経由してB銀行に対して行われる。この場合、A銀行は手数料の一部をVISAに支払わなければならない。私たち消費者は、VISA、MasterCardなどのブランドのロゴだけを見てカードを使っているので、オンアスかどうかは気にせず使っているが、カード会社にとっては重要なポイントだ。

「今、どこのカード発行会社も利益率が大変厳しくなっている。オンアス取引の比率が下がることは避けたいという心理が働く」

しかし、Apple Payに対応するということは、アップルに手数料の一部を支払わなければならない。例えばApple PayでなおかつVISA経由で使われたら、手数料を2箇所に支払わなければならないこととなり、オンアス取引の旨味は減少する。

◆米カード業界には渡りに船

2つ目の壁がEMVの普及だ。EMVはEuroPay、MasterCard、VISAの統一規格で、いわゆるICチップ付きのクレジットカードのこと。支払うときに磁気ストライプを通すのではなく、決済端末に差し込み、4桁の暗証番号(PINコード)を入力するもの。日本ではすでに新規発行カードの約70%がEMVになっている。EMVはICチップをカードに埋め込むのだから、当然製造コストは高くなる。それでもカード会社がEMV化を進めるのは、安全性を担保したいからだ。磁気ストライプ方式は偽造も可能で、サインも現場の店舗では真贋を見分けることは難しい。一方で、EMVのICチップの偽造はほぼ不可能、暗証番号も本人がしっかり管理すれば外に漏れることもない。

ところが、米国はEMV化が遅れていて、多くの人が磁気ストライプ方式の古いカードを使っている。国際的にも「米国でカードを使うのは怖い」と言われるようになり、EMV化に舵を切ろうとしていたが、大量のEMVカード製造には莫大な費用がかかる。安全というコストが頭痛の種だった。

そこにApple Payの登場である。Apple Payの登録は磁気ストライプ方式でもEMV(接触型)でも関係ない。いったん消費者がApple Payに登録してしまえば、EMVとほぼ同じかそれ以上の安全性が確保できる。米国のカード会社は、Apple Payに対応して、消費者にApple Payを利用するように促せば、莫大な費用をかけてEMVカードを製造しなくても安全性が確保できるのだ。

「アップルに支払う手数料、EMVカードの製造費用を天秤にかけて、Apple Payに対応したほうが得だという判断をしたカード会社が多かったわけです。これが米国のカード会社がこぞってApple Payに対応した大きな要因になっている。アップルはそのような事情をわかったうえで、2014年10月というタイミングで米国でのApple Payサービスを開始したことは間違いありません」

(写真提供:Mac Fan)

しかし、日本はすでにEMV化が進んでいる。米国のようなApple Pay対応へ背中を押してくれるほどの事情が存在しない。

◆最大の壁、暗号化技術

3つ目の壁が「トークナイゼーション」対応だ。新たなカード番号セキュリティ(暗号化)の仕組みで、Apple Payに対応するには、カードブランドがこのトークナイゼーションを国内で開始することが必須になる。

トークナイゼーションの仕組みは別途専門記事などを参考にしていただきたいが(本稿第4話でも言及予定)、簡単にいうと、本来のカード番号ではなく、“仮”のカード番号を使う仕組み。決済ネットワーク上では、本来のカード番号ではなく、地域内通貨(トークン)のような扱いの“仮”番号を使うというのがポイントだ。本来のカード番号と“仮”番号の照合確認を行うサービスプロバイダは、全世界で100未満の機関に限定され、カード会社、加盟店などすべての決済ネットワーク上では“仮”番号しか使われない。もしこの“仮”番号が流出しても、本来のカード番号はわからないので、悪用できないという仕組みだ。戸籍上の名前を隠し、芸名や筆名を使って社会活動をするという状況とよく似ている。

ただし、これを現実の技術として実装するのは簡単なことではない。

「VISAやMasterCardにはものすごく高い技術力がある。研究所には数学の天才がゴロゴロしているような具合。そんな中でVISA、MasterCard、AMEXはすでにトークナイゼーション対応しているが、他ブランドは対応を公式に表明していない」

他ブランドは、自社開発が難しければ、技術提携などの道を模索する必要がある。「日本で唯一のカードブランドであるJCBがApple Payの対応に遅れることが心配です」と瀬田氏は続ける。JCBは国際ブランドであり、イシュアであり、アクワイアラでもあるという珍しい形態のカード会社。そのため、オンアス取引比率が大きく、カード会社としてはきわめて“強い”企業だった。消費者の安全性を考え、EMVにも積極的に取り組んできた。これはカード会社として正しい施策だ。

しかし、Apple Payへの対応という観点から見ると、すべてが裏目に出てしまうことになる。オンアス取引の減少、すでにEMVによりセキュリティは確保済み、そしてトークナイゼーションへの対応への難しさ。

今のところJCBはApple Payへの対応について何もコメントしていない。しかし、万が一JCBが非対応ということになると、日本でのApple Payの使い勝手は大きく損なわれてしまうことになるだろう。日本でのApple Pay普及の鍵は、JCBの動向によるところが大きいようだ。

(写真提供:Mac Fan)

「とはいえ、結局Apple Payが始まったら、私たちが積極的にApple Payを使うことです。トランザクション量が多ければ、どんなカード会社も無視できません。それがカード会社を動かす一番大きな力になるのです」

財布の中に何枚ものプラスティックカードを入れなくてよくなる日がやってくるのか。それはここ1年ほどで決まる。

(第4話につづく) 

初出:Mac Fan

執筆者

牧野武文/テクノロジーと生活の関係を考えるITジャーナリスト。IT関連本を中心に、「玩具」「ゲーム」「論語」「文学」など、幅広くさまざまなジャンルの本を執筆。著書「Macの知恵の実」「横井軍平ゲーム館」「大失言」「萌えで読み解く名作文学案内」「ゼロからわかるインドの数学」「Googleの正体」「論語なう」など。