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iPadの特技はOfficeではない【opinions】

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今から2年前の2013年3月、あるコンピュータ雑誌で「iOSと日本社会に足りないもの」と題するコラムが始まった。モバイルとは単にモバイル機器を指し示すのではなく、モバイルという「いつでも、どこでも、だれでも」の状態を指し示す。その“モバイル”をビジネスの現場に活かすことにどれほどの可能性が秘められているのかについて、名だたる大手企業に対しコンサル・人材育成を提供している人物が提言するという、いわばビジネスモバイル論といえる内容だった。ここではそのコラムを今後チョイスして再掲していくわけだが、IT業界における2年といえば激動の進化。「そんな古いものを」と思われる輩もおられよう。しかし、選択肢が増え、導入障壁が低くなっただけで、モバイルは考えずに使えるほどまだ成熟してはいない。テクノロジーを活かすも殺すも結局は人である。変えるべきものは何なのかを今一度考える機会にしてもらえれば幸いだ。 

第23話 iPadの特技はOfficeではない 

先日(掲載2013年7月号当時)、ビル・ゲイツ氏が米CNBCのTV番組に出演し、「タイピングできず、ドキュメントを作成できず、Microsoft Officeが使えないiPadユーザの多くは苛立っている」と語ったとのことである。果たして皆さんはこの発言に共感するのだろうか?  私はクライアント企業で似たような意見を聞くし、自分の経験上でも、OfficeドキュメントをPDF化することなく参照・編集できると確かに便利だと思うが、どうしても共感はできない。なぜなら、Officeがこれまで創り上げたワークスタイルと、iPadが今後創り上げるであろうワークスタイルは本質的に異なるからである。

多くのビジネス現場において、人が担うのはコミュニケーションの機能だ。それは、「聞く・読む」というインプット行為「書く・話す」というアウトプット行為に大別できる。Officeの出現は、ビジネスパーソンが分析・整理したり、構想したことを「書い」て、一緒に働いている人たちがそのドキュメントを「読ん」で、物事を理解するというコミュニケーションの品質やスピードを飛躍的に向上させた。手書きや手計算の時代は今や想像すらできない過去の話だ。しかし、よく効く薬には副作用がある。「書く」・「読む」が強化されたことで、近くの席にいるにも関わらず、直接話をせずにメールで仕事上のコミュニケーションを完結するというような姿が日常的に行われるようになってしまった。メリットもデメリットも両方踏まえて、このようなワークスタイルは今の時代にふさわしいのだろうか? 私は疑問を感じる。

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今の時代のビジネスに求められることは数多くあるが、あえて2つに絞り込むとしたら、「迅速性」と「協働性」だろう。

まず迅速性について。ビジネスはリアルタイムに判断・意思決定し、直ちに行動を起こし、うまくいかない場合に軌道修正していくことが重要である。環境が激変する中で、意思決定に長い時間をかけるわけにはいかない。しかし、企画書などの文書を「書く」ことにエネルギーを使うがあまり、意思決定の準備に時間がかかりすぎてはいないか。今は間違った意思決定をすることよりも、意思決定をせぬまま時間が経ってしまうことのほうが高リスクな時代だ。iOSのモビリティは判断・意思決定のスピードを速める要因になりうることは間違いない。そのためには、iOSを「書く」ことが得意なツールに仕立て上げて、ユーザの意識を「書く」ことに向けさせてはならないと私は考えている。

次に協働性についてだが、正解のない問題に取り組まなければならない昨今では、大事なのは一人で情報を読み解いて思考を深め、文書としてアウトプットすることではない。むしろ、他者のアイディアを取り込み、意見をぶつけ合うことに大きな価値がある。例えば、従来型の海外ビジネスでは、企業が考える手法をマニュアルに書いて、やり方を現地人材に読み込ませ、覚えさせることが重要だった。しかし現在では、現地の人材の意見を「聞き」、こちら側の考え方を「話し」ながら、相互理解を深めつつ、新たな価値を生み出していくことが成功への近道となる。iPadはドキュメントを作るよりも、いろいろな人たちとつながり、ディスカッションを深める姿のほうがしっくりくるのだ。 

冒頭の問いに戻ろう。我々iPadユーザはOfficeが利用できないことに苛立つことなく、Officeが創り上げた現在のワークスタイルとは異なる価値を見つけ出さなければならないと考える。従来の仕事をOfficeが劇変させたように、今度はiOSで仕事のやり方に革新を起こそう。そのときに我々が肝に銘じておかなければならないことは、「もっと聞け、もっと話せ」なのである。

初出:Mac Fan 2013年7月号

執筆者

福留大士/1976年鹿児島県生まれ。株式会社チェンジ代表取締役COO。アクセンチュア勤務後、27歳で独立・開業し、大手企業に対するスマートデバイス利活用、BYODなどのコンサルティングや人材育成のサービスを提供している。