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事例依存も良し悪し【opinions】

28 02©写真素材ぱくたそ

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今から2年前の2013年3月、あるコンピュータ雑誌で「iOSと日本社会に足りないもの」と題するコラムが始まった。モバイルとは単にモバイル機器を指し示すのではなく、モバイルという「いつでも、どこでも、だれでも」の状態を指し示す。その“モバイル”をビジネスの現場に活かすことにどれほどの可能性が秘められているのかについて、名だたる大手企業に対しコンサル・人材育成を提供している人物が提言するという、いわばビジネスモバイル論といえる内容だった。ここではそのコラムを今後チョイスして再掲していくわけだが、IT業界における2年といえば激動の進化。「そんな古いものを」と思われる輩もおられよう。しかし、選択肢が増え、導入障壁が低くなっただけで、モバイルは考えずに使えるほどまだ成熟してはいない。テクノロジーを活かすも殺すも結局は人である。変えるべきものは何なのかを今一度考える機会にしてもらえれば幸いだ。

第25話 事例依存も良し悪し

いろいろな企業を回って、iOS活用の提案をしていると、必ず質問されることがある。

「導入の成功事例としては、どのような企業の取り組みが挙げられますか?」

当然、さまざまな事例を知っているので熱心に紹介するわけだが、最後に必ず「ぜひ、御社独自の成功事例を創り出しましょう」と付け加えることにしている。しかし、反応が芳しくない。

ポイントを要約すると「これまで多くのIT技術に投資してきました。その結果、数々の失敗を経験したことが印象に残っているのです。あまり投資ができなくなってきた昨今、我々は先頭を走るのではなく、後追いでよいと思っています。成功が保証された取り組みにだけ賢く投資していきたいというのが本音です」というような趣旨の発言である。

このような「事例依存症候群」とでも表現すべき事態は、日本社会が持つ文化かもしれない。古くは中国や朝鮮半島から技術を取り入れ、近代では政治の仕組みなども含めて欧米から学び、社会を発展させてきたのが日本だ。モバイルについても、手本にすべき企業が多く出てきたら、一気呵成に市場が拡がるものと推測される。

2015年度の情報通信白書によれば、法人におけるスマートフォン・タブレットの導入は、「一部社員への導入」で4社に1社程度、「全社員導入」では25社に1社程度にとどまっている。個人向けのモバイルの普及状況に比べると、きわめて低い比率でしか法人には浸透していない。モバイルをビジネスに活用しているのは、まだまだ少数派なのである。

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私は「他社に学ぶ」ことは非常に重要なことだと思っている。「学ぶ」という言葉は「まねぶ(真似る)」という言葉を起源としており、学習の出発点は模倣から始まると信じているからだ。しかし、今の日本企業に足りないのは、事例を学び取ったあとの工程である。「スピード感を持って工夫し、学んだ元の事例を超える」ことが足りないのだ。「日本人は、クリエイティブではないが、イノベーティブではある」という評価を聞いたことがある。ゼロから何かを生み出すことは決して得意とはいえないが、先行事例に学びながら独自の工夫を重ね、あっという間に元の事例を超えた成果を創出するという意味である。日本の産業の歴史、特に製造業などは典型的なケースなのではないだろうか。

事例をそのまま鵜呑みにしてしまい、深く掘り下げる思考と素早い行動が欠如しているという事態を打開するためには、3つの視点に留意しなければならない。

まずは「WHYを考える」。事例というのはあくまでWHAT(用途)やHOW(導入方法)の話なので、独自の課題に基づいたWHY(目的やビジョン)を考えなければならない。

次が「前提の違いを考える」。事例を適用するうえで、表面的なコピーをしてみても上手くはいかない。会社には独自の組織風土があり、どのような価値観や行動原理が組織に根付いているかが施策の成否を決めることが多いからだ。事例を真似する会社と自社の前提の違いについて客観視できていないと、上手なカスタマイズができないことに留意してほしい。

そして最後が「判断と意思決定のスピードを上げる」。事例はあくまで「ゼロからやるよりは、うまくいく可能性が高い仮説」であって、確証の取れたものではない。つまり、自社に合わないところを調整しなければ成功しないのである。事例を仮説と割り切り、自社の検討や意思決定にスピードを付与してくれるのが「他社事例」であり、絶え間ない仮説の検証と改善のサイクルが回ってはじめて元の事例を超える成果を出すことができると考える。

誰もが失敗をしたくないし、できるだけ楽をしていろいろな施策を成功に導きたいものだ。しかし、本当の成功と達成感はそこからは得られないし、自分の頭を使って物事を考え抜いて、泥臭く実行したほうが仕事として楽しいのではないだろうか。 

初出:Mac Fan 2015年8月号 

執筆者

福留大士/1976年鹿児島県生まれ。株式会社チェンジ代表取締役COO。アクセンチュア勤務後、27歳で独立・開業し、大手企業に対するスマートデバイス利活用、BYODなどのコンサルティングや人材育成のサービスを提供している。