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モバイルで働き方を変える!IT先進事例を生む佐賀県・救急医療の取り組み【前編】【case study】

医療、福祉、教育など地方自治体が抱える課題はさまざま。人口減少や財政問題なども絡み合い、有効な施策を打ち出せずにいる自治体も多いだろう。そんな中、ITを駆使して次々と課題解決に挑むのが佐賀県だ。佐賀県からは今、地方自治体が抱える地域課題をITで解決する先進事例がいくつも生まれている。前編では、救急医療の現場を変えた佐賀県庁職員 円城寺雄介氏の話を紹介しよう。

なぜ事前に、病院の情報を知ることができないのか?

佐賀県は2011年4月に、県内全ての救急車50台にiPadを配備するとともに、救急病院の情報がリアルタイムで把握できる「99さがネット」のシステムを導入した。“救急車のたらい回し”や救急搬送時間が毎年伸びていることなどが社会問題になっており、患者の死亡事故も招いていた。 ホテルや飛行機はインターネットを使って簡単に空室の情報が分かるのに、なぜ命を守る最前線では、その情報が分からないのか?そう考えたのが、当時、佐賀県の医務課に所属していた円城寺雄介氏(現 佐賀県 政策部 政策課 主査)だ。そこで円城寺氏は、まずは救急医療の現場を知るために、救急車に乗せてもらうことからスタートした。「救急車に乗る前は、最新のシステムが揃っていると思っていたが、実際は隊員の方が1件、1件、電話でお願いしては断られていた」と円城寺氏は当時の状況を振り返る。

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佐賀県庁職員 円城寺雄介氏

病院側にも課題があった。大学病院の救急医療を密着した円城寺氏は、立て続けに3件の受け入れ要請が入った状況に遭遇した。“なぜ、うちの病院ばかり要請が来るのか?他の病院はどうなっているのか?よその病院は受け入れられないのか?”現場の医師は、他の病院の状況が分からず疑心暗鬼になってしまう。円城寺氏は、「命を守るために現場の医師や隊員は最大限の努力をしているにもかかわらず、情報共有できないことが現場のモチベーションに影響していた」と語る。このように現場の医師や隊員の姿を目の当たりした円城寺氏は、救急医療の現場でITが使えるインフラ整備の必要性を実感し、課題解決に向けて一歩を踏み出した。

iPadやITシステムを導入した効果は?

とはいえ、救急医療のために新たなITシステムを構築する予算は、どこにもない。そこで円城寺氏は、まずはすべての既存事業を見直し使える予算を探した。その結果、どの都道府県にもある既存の「救急医療情報シルテム」をリニューアルし、新しい救急医療情報システムである「99さがネット」を整備した。 新たなシステムでは、救急患者の状況を入力すれば、◯☓で受け入れ可能な病院が一覧で表示される仕組みだ。24時間以内の受け入れ実績、専門医の配置状況なども分かる。

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「99さがネット」は、端末に縛られないWebアプリ

救急車には、「99さがネット」の情報がリアルタイムで分かるように2011年、当時発売されたばかりのセルラーモデルの初代iPadが配備された。当時、隊員たちには、iPadを落として壊してしまうのではないかと使うことに抵抗感を持っていたため、端末はレンタルにして保証をつけた。また、行政側にも救急医療の情報がリアルタイムで把握できるシステムを構築した。地区別の情報や現在の受け入れ状況を“見える化”し、災害時にも発展的に活用できるよう視野に入れる。

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iPadや「99さがネット」の導入で、どのような効果があったのか。円城寺氏は「搬送時間の短縮」「搬送先病院の分散化」「ランニングコストの削減」の3点を挙げる。

・搬送時間の短縮
佐賀県の調べによると、iPadの導入後から半年間で搬送時間は1分短縮できた。毎年のように増加しているので実際はさらに短縮効果があったかもしれない。今まで病院を探すのに1件あたり3~5分くらい電話をする時間を必要としていた。

・搬送先病院の分散化
佐賀県では、医療整備が整った三次救急医療機関に患者が集中する傾向が強かったが、「さが99ネット」の導入により救急患者の集中度合が可視化されたことで、搬送する救急隊員と受け入れる二次救急機関の意識が変わり分散化することができた。

・ランニングコストの削減
既存の事業費をつかい、当時はまだ耳にあたらしく馴染みのなかった「クラウド型」を率先して導入してコスト削減を図ったことでランニングコストを4000万円も削減することができた。円城寺氏は、「お金がないのは当たり前。外から持ってくることも時には重要であるが、足元を見直すことも大切だ。必ず使えるものがあるはずだ」と自身の信念を語る。

佐賀県のこのような取り組みは、全国10他府県に広がりを見せている。佐賀県と同じシステムを導入した群馬県や埼玉県では、佐賀のシステムを改良し、病院の混み具合をタイムラインで閲覧できるようにするなどさらなる工夫を凝らす。円城寺氏は「佐賀で苦労して得たノウハウもすべてオープンにしている。救急医療現場での IT活用は始まったばかり。先駆者利益を独占するのではなく、佐賀県の苦労を踏み台にして次の自治体にさらに良い工夫をしてもらう。そして今度は他の自治体が改良した部分を佐賀にフィードバックしてもらうことで、良いスパイラルが回るはずだ」と期待をよせる。

救急医療の現場をIT化がもたらした3つの変化とは?

1、データが集まることで課題が見えるように

今までも、国や県レベルで発表されているデータはあったが、同じ佐賀県でも地区ごとに状況が異なり、それらを施策に生かすことができなかった。今では地区ごとにデータが集まるようになり課題が見つけやすくなったと円城寺氏は語る。そのひとつが、ドクターヘリだ。佐賀県の北部地域では、事故現場を出てから病院に着くまでにかなりの時間を費やしていた。たとえ、病院が見つかったとしても、搬送手段が救急車しかなければ命を守ることができない。そこでドクターヘリの導入に至ったというのだ。円城寺氏は「経験と勘は大切で否定するつもりはないが、データから地域課題を解決することも重要だ」と語る。

2、タブレットで働き方が変わる

「救急隊員はITが不得手な人が多く、iPadは使われないだろうと言われていた」と話す円城寺氏。しかし、汎用性が高いモバイル端末を、適度な自由のもとに活用することで、隊員たちが自ら業務改善に生かすようになった。例えば、外国人の患者には翻訳アプリ、耳が聞こえない人には筆談アプリを使うなど、現場のアイデアが課題解決やコミュニケーションの円滑化につながっている。円城寺氏は「こうなってくると仕事が面白くなる」と語る。現場が積極的にPDCAサイクルにも取り組むようになるというのだ。

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3、関わる人間の関係性を変える

円城寺氏は当初、隊員たちから「救急医療の現場は顔と顔を見合わせることが大切で、IT化は人間関係が崩れるのではないか」と言われたそうだ。しかし、円城寺氏は、「情報共有ができるからこそ、お互いの顔が見える関係を作ることができる」と語る。今までは、病院同士が互いの状況が分からず、どのように連携すれば良いのかわからなかった。しかし、今は、“隣の病院が今は大変な状況にあるから、ウチの病院が患者を受け入れよう”という具合に、関係者同士のコミュニケーションの質を変えることができていると円城寺氏は語る。

円城寺氏が取り組んだ救急医療のIT化は、地域が抱える課題に対して、ITが寄与した好例だといえる。しかし、その原動力となったのは、円城寺氏が自らの情熱で周りを巻き込み、その想いを伝えたことを忘れてはならないだろう。

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県庁そろそろクビですか? 「はみ出し公務員の挑戦」(小学館) 著/円城寺雄介 円城寺氏自らが当時の様子を綴った1冊。従来の考えやシステムを変えようと奔走し、一つひとつの壁に挑んでいく様は県庁に勤める人だけでなく、何かチャレンジしようとしているすべての人を熱くさせる1冊だ。

AUTHOR/神谷 加代