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視覚障がい者の生活を変えるiPad (前編)【case study】

「病院に訪れる患者を診ているだけでは、視覚障がいの人々の生活は変わらない」。眼科医の常駐勤務の中でそう感じた三宅琢氏はそれまで勤めていた勤務先を退職し、視覚障がい者を支援する情報提供や補助グッズの販売を行う「Gift Hands」を起ち上げた。Gift Handsでは、障がい者の生活を快適にするiPadのさまざまな活用方法を提案している。

本記事は2012年10月に取材した内容を前編として、それから2年半後の2015年4月に、再度三宅氏にお話を伺った内容を後編として掲載する。視覚障がい者を支援するiPadの活用法が、この2年半でどれだけ進歩したのかを知ることができるはずだ。

iPadのカメラと標準機能が生活に役立つ

iPadの医療活用というと、電子カルテや医療用資料の管理、医療画像の閲覧といった用途を思い浮かべるかもしれない。こうしたソリューションが医療の現場に新しい可能性をもたらしているのは間違いないが、今回取り上げるのは、医療ワークフローを改善するために専用のアプリを開発するような事例とは少々毛色が異なる。現場で医師が使うためのものではなく、実際に医療を必要としている人々が直接iPadに触れ、それによって生活が大きく変わるという事例だ。

ギフトハンズ(Gift Hands)は、視覚障がい者の生活を変える情報提供や、補助グッズの販売、公共施設などに対してのユニバーサルデザインのコンサルタントなどを行う企業だ。iPad活用に着目し、ロービジョン(視力の低下や視野が狭いなどの理由で、ものが見えにくい状態にある人の総称)の人々が快適に過ごすためのiPadの活用方法を日々模索し、紹介し続けている。ギフトハンズの代表を勤める三宅琢氏は、非常勤眼科医として病院に勤務するかたわら、ロービジョンの人々に役立つiPadの使用法を日々模索し続けている。

「特別なアプリを導入しなくても、iPadはロービジョンの人々の生活を劇的に変えてくれます」

三宅氏がその一例として説明したのが、iPadの搭載カメラとカメラアプリだ。

iPadのカメラを使えば、近くのものでも遠くの景色でも、簡単に拡大して表示できる。iPadが標準で拡大機能を備えているからだ。大きな文字で本を読むことができるのはもちろん、駅の電光掲示板を確認することも、牛乳の賞味期限を確認することもできる。

「ロービジョンの方々の中には、電光掲示板をデジカメで撮って、デジカメの液晶画面で拡大して確認している人がいました。しかし、デジカメの液晶画面はサイズが限られています。iPadは画面が大きく、ロービジョンの方々が確認するにはうってつけなのです」と三宅氏は語る。

さらに三宅氏は、iPadに取り付ける拡大レンズや、iPadを固定して卓上拡大器として利用できるようにするスタンドも開発し、販売している。このスタンドは読書に利用できるだけでなく、両手が自由に使えるため、爪を切るなど日常の生活にも役立つ。折りたたんで簡単に持ち運べるため、家の中でも外出先でもiPadでの読書が楽しめるようになる。

「あるロービジョンの方は、iPadを使って拡大することで、自分が今食べているものがなんなのかがわかり、おいしく感じられるようになったといいます。その話を聞いたとき、見えることの大切さを改めて感じました」

三宅氏はほかにも、iPad標準の「アクセシビリティ」機能の紹介や、ロービジョンの人々の暮らしに役立つアプリの情報など、さまざまな情報をWEBサイトやセミナーを通じて発信している。例えば、グーグル・マップはピンチ操作で地図のズームができるが、ズーム後は画面が再描画され、地名や建物名の文字がまた小さくなってしまう。しかし、アクセシビリティの機能にある3本指ズームを使えば、再描画されずに大きな文字を確認できる。

「ロービジョンの方がアップルストアを訪れてマップの拡大方法を尋ねたのですが、この方法はAppe Storeのスタッフの方も気がつかなかったそうです」

確かにこういった知識は、iPadの操作に慣れていても、普通はなかなか気がつきにくいものだ。現在、三宅氏はアップルストアで3~4カ月ごとに定期的に講演を行っており、今やアップルストアにロービジョンの人が訪れると、スタッフがギフトハンズの存在を紹介するようになったのだという。

汎用的なデバイスであることの魅力

三宅氏は情報や器具を提供する立場としてiPadのさまざまな活用方法を考えているが、実際にiPadを使う側の感覚はどうなのだろうか。

「iPadを使うことで、外出先のレストランでメニューを見ることも簡単にできるようになりました」。そう話すのは、吉野由美子さん。視覚障害リハビリテーション協会の会長であり、自身も幼い頃からのロービジョンだ。三宅氏とはこの視覚障害リハビリテーション協会を通じて交流があり、今回の取材に同席してもらった。

「私は幼い頃からのロービジョンなので、こうやって文字を見るのにも慣れているのですが…」といいながら、文字の書かれた紙をメガネのすぐ前にかざす。紙がメガネに触れるのではないかという至近距離だ。「でも、ロービジョンになって間もない人はこの読み方にも抵抗があるし、iPadでなんでも拡大して見えるようになるのは素晴らしいことです」

また、吉野氏は、「iPadがロービジョン専用機器ではない、汎用的なデバイス」であることが魅力だという。

「iPadを取り出すと、そんなハイテク機器が使えるなんてすごいね、かっこいいねっていわれるんです。今までは、障がい者用の専門機器を使ったりしていると、やはり特別な目で見られることがあって。ロービジョンの子どもはそこに抵抗を感じることもあったのです」

ロービジョンの児童にもiPadが重要

吉野氏は、視覚障害リハビリテーション協会の活動の中で、たくさんのロービジョンの児童と関わってきた経験を持つ。その経験の中で、ロービジョンの児童に対する教育にも、iPadは大きく貢献できると話す。

ロービジョンの児童向けの教科書として、ボランティアが通常の教科書を拡大して作り直すことがあるという。元の教科書を拡大するためにページを複数枚の紙に分割する必要があり、かなりの分量、重さになってしまうそうだ。さらに、分割することでレイアウトの問題も発生する。元の教科書で「ページの右上を見て」と指示されても、拡大・分割された教科書ではどこを見ていいのかわからない。その点、iPadで教科書を電子化すれば、元のレイアウトを分割することなく、どこでも自由に拡大して見ることができる。現状は、著作権の問題があり、教科書や書籍などを勝手にスキャンして児童に配ることができないが、すでにPDFなどのフォーマットで電子化されているものであればiPad上で活用できる。

「ロービジョンの児童は、文字を読むことにハンディがあるので勉強するのがいやになってしまうことも多いのです。iPadがあれば、多くのロービジョンの児童が今までよりも楽に読書ができるようになります。また、iPadを外に持ち出して、カメラを使って花や昆虫を見て学ぶこともできるのです」(吉野氏)

iPadは汎用的なデバイスでありながら、これまであった方法よりも、ロービジョンの人々の生活をはるかに過ごしやすいものへと変えてくれるのだ。吉野氏はその魅力を繰り返し語ってくれた。

「ロービジョンの人のリハビリといっても、今ある視力をいかに使っていくかということが中心になるのですが、そのとき、最初のハードルが高いといやになってしまう。その点、iPadは汎用品というカジュアルさや扱いやすさでそのハードルを下げてくれます。それに、ロービジョンの人のリハビリでは家族の協力が大切ですが、iPadを活用するというと、周りの人たちも興味を持ってくれるんですよ」

 

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ギフトハンズが販売するiPad用スタンド「MiYAKE スタンド」。対象物の上に固定して卓上拡大器として利用するためのものだ。コンパクトに折りたたんで持ち運ぶこともできる。

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同じくギフトハンズが販売するiPad用の特殊レンズ「MiYAKEレンズ」。iPadの背面10~20センチの距離にある物をもっとも鮮明に撮影することを目的に設計されている。

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iPadの[一般]→[アクセシビリティ]には、障がい者の使用を補助するさまざまな機能が存在する。ズーム機能をオンにすると、3本指のダブルタップでズーム、ダブルタップ時に指を上下に動かすことで拡大倍率を変更できる。

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iPadのカメラは、静止画撮影モードよりも動画撮影モードのほうが大きく写る。しかも、カメラの向こうにあるものの動きと表示のタイムラグが少ない。もちろん前述の3本指ジェスチャでズームさせることも可能だ。

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三宅琢氏(右)と吉野由美子氏(左)。吉野氏が三宅氏の活動を知り、視覚障害リハビリテーションにとって有用だと考えて協力するようになり、交流が始まったのだという。

 

 

後編(2015年取材)に続く(後編は会員限定記事となります)。

 

初出:Mac Fan Web