Log in

農業で情報革命_「e-案山子」が秘める可能性(前編)【case study】

農業にITを活かそうという取り組みが活況を呈している。中でも、ソフトバンクグループのPSソリューションズ株式会社が推進している「e-案山子」は、IoTを利用して環境情報などを計測するだけでなく、そのデータを効果的に活用できるソリューションとして注目を集めている。さまざまな可能性を秘めたプロジェクトの詳細を、今秋の本格的商用化前に取材した。

※記事中で紹介している各種装置やアプリケーションの画面は、すべて試験段階のものです。本格的な商用化後、大きく変更される可能性があります。

 ©PhoTones Works #5935/Takuma Kimura CC BY-SA2.0

日本の農業が抱える問題にITでアプローチ

各種メディアが報じているように、国内の農業従事者の高齢化が進んでいる。すでに平均年齢は65歳を超えているそうだ。農業は単なる産業というだけではなく、地域の環境にも密接に関わっている。また、食の安全供給の重要性も高まっていることを考えると、農業の活性化は国や地方自治体にとって避けては通れない課題である。

「高齢化だけでなく、新規就農者が定着しないという課題もあります。2、3年の間にやめてしまう人が、30パーセントを超えてしまっています」

PSソリューションズの農業IoT事業推進部 農業IoT事業推進課の坂井洋平課長は、農業の現状についてこう語る。ちなみに、多くの自治体には農政課、地域振興課といった部署があり、地域の農業を支援している。農業をやりたい人のUターンやIターンもサポートしているわけだ。しかし、新規就農者が定着しないのはなぜなのか?

「農業は経験とか勘が必要となる仕事です。しかし、体系的な営農指導を行える人は、非常に少ないんです。もちろん、一部には優秀な指導員がいる場合もある。ただ、すべての新規就農者を支援するのは難しいのが現状ですね」

そこでポイントとなるのはITの活用だ。同社が提案する「e-案山子(イーカカシ)」は、新規就農者を早期に定着させ、同時に地域の再活性化につなげていきたい思いからスタートした事業だそうだ。

「新規就農者が定着するには、生産者として独り立ちしてもらう必要がある。当然ながら経営的な面ででも、ということですね。そのためにITを活用して、勘や経験がなくても農業を最低限できる水準に上げる、それがe-案山子というソリューションなんです」

農業向けのITというと、農家向けの提案や販売が多いと思われがちだが、e-案山子は自治体やJA(農業協同組合)の営農指導をする人のための支援ツールという位置付けだという。プロジェクト自体としては2008年から開始。その後、基礎開発などを進めテストマーケティングを繰り返してきた。2015年の秋ぐらいに、本格的な商用化を予定している。

e-案山子が起こそうとしている農業における情報革命とはどんなものなのか。この後詳しく解説していこう。


PSソリューションズ株式会社の農業IoT事業推進部 農業IoT事業推進課 の坂井洋平課長。「農業はなくてはならない産業です」と思いを語る。


e-案山子による農業の見える化のシステム

e-案山子のシステムは、IoTによるシンプルなものだ。圃場(作物を栽培する田畑など)に設置されるのは、子機と親機となる。

e-案山子の基本構成図。子機はバッテリ駆動だが、親機はAC電源が必要となる。

e-案山子の子機。最初期にはトーテムポール型の大きなデバイスだったが、実情に合わせて小型化したという。

子機には各種センサーが搭載されている。測定できるのは、温度、湿度、土壌水分量、日射量、多点温度、二酸化炭素濃度。pHセンサーなどの拡張も検討しているという。子機はバッテリ駆動で、現在の試作機で1年半程度、商用化モデル機では3年持たせる設計にする予定だという。

一方、親機のほうにはソフトバンクの3Gモジュールが入っており、データをクラウド上のデータベースにアップロードする。そして子機と親機の間は無線のアドホックネットワーク(ZigBee)でつながっており、見通しがよければ1km程度の距離で利用可能とのことだ。なお、各種の装置は、最初は自作だったが、現在は日立製作所と共同で開発している。

「ユーザーはクラウド上のデータにインターネットを介して、パソコンやタブレット、スマートフォンなどからアクセスできます。基本的な仕組みはシンプルですね。データを活かすアプリケーションに、ノウハウが詰め込まれているんです」

そう語る坂井氏だが、IoTシステムを問題なく稼働させるまでは、さまざまな苦労があったという。

「屋外で精密機器を安定して動かす、というのがまず1つのハードルでしたね。温度だったら、ビニールハウスの中では70度ぐらいになりますし、寒冷地だったらマイナス30度ぐらいになるところもある。そういったところで、精密機械を24時間365日放置してデータを取り続けるわけです」

農業情報や環境情報を計測して作物の生育に役立てるということ自体は、実は大学などの研究機関でも取り組まれてきた。しかし技術的な問題から、研究が滞ってしまう例も少なくないそうだ。

「そういった状況の中、e-案山子ならきちんと稼働し、農業に役立つデータを得ることができる。そうやって農業にとってITが実用的に使えることを実証したのは、我々の1つの成果だったと思います」

アプリによって「勘」だけに頼らない農業に

子機で集められたデータは、Webアプリケーションで表示される。メインとなるのが「ダッシュボード」と呼ばれる画面だ。グラフィカルに圃場の最新情報などをチェックできる。

「ダッシュボードでは、現在の計測情報をリアルタイムに確認できるほか、過去のデータも含めて統計的に分析したものも閲覧できます。積算温度や積算日射量といったものですね」

わかりやすいユーザーインターフェイスを備えたe-案山子のダッシュボード。

データは数値だけでなくグラフ表示にすることも可能。また複数の圃場の比較もできるという。場所によって生育状態が異なる場合は、条件にどのような違いがあるのかといったことが分析できるわけだ。

「見てのとおりカラフルです。我々の哲学は『カンタン』『手軽』『面白い』というものなんですよ。それに沿って作られたアプリがこれです。ただし色にも実は意味があります。作物の置かれた状況をわかりやすく示しているんです」

例えば、ある作物のこの生育ステージの場合、この温度は異常である、作物に影響が出てしまうといったことがひと目でわかるという。また適切な収穫時期なども、ダッシュボードが教えてくれる。

「米だったら、この温度が続くと白濁化してしまうとかカメムシが発生する可能性があるといった情報を伝えるわけです。また実がつき始めてから1080度の積算温度が蓄積すれば収穫できる目安、といったデータがありますので、残り何日で収穫できるかという情報もわかります。こういったデータを元に、新規就農者のかたに指導員の方が『来週ぐらいに収穫する準備を進めてください』といったアドバイスができるわけです」

生育に関する単純な暦のようなものは、昔から地域ごとにあった。しかし気象状況は毎年変化している。そんなときに農業従事者が頼るのは勘と経験だが、新規就農者はそれを持っていない。そこで、経験が足りないところはITによるデータの収集、分析で補えばいい、というわけだ。

「現在ダッシュボードは、ノートパソコンやiPadのWebブラウザ経由で見てもらってます。ただし、よりモバイルに適したIoTソリューションにしていくのは、本格的な商用化に向けての課題だと考えてます。iOSアプリも検討中です」

執筆者

矢口和則(エディトル)Facebook