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6年でトップ24校へ躍進。豪コルベ・カトリック・カレッジ流学習意欲の高め方(前編)【case study】

学びの現場において、ICTはツールでしかないのは言うまでもない。ICTを導入しさえすれば、子どもが主体的に学ぶのではなく、「学ぶこと」や「教えること」を変えなければICTは紙をデジタル化するだけの道具に終わってしまう。では、ICTを用いて“変えていく”ためには、今、どのような視点が必要なのか? 5月16日に大阪で開催された「第65回ICTE情報教育セミナーin関西」(主催:情報コミュニケーション教育研究会)に登壇した豪州コルベ・カトリック・カレッジのイノベーションディレクター 萩原伸郎氏の基調講演「学校をかえるということ」の内容を紹介しよう。

全国テスト平均点以下から、6年間でトップ24校へ 

オーストラリアにあるコルベ・カトリック・カレッジは、7年生(中学1年生)から12年生(高校3年生)までが通う私立の中高一貫校だ。全校生徒1100名、教職員130名が在籍し、学校は人口が急増する労働者階級の街、西オーストラリアのロッキガム市にある。

N.Hagiwara2コルベ・カトリック・カレッジ 萩原伸郎氏 

萩原伸郎氏はコルベ・カトリック・カレッジで日本語の授業を担当するとともに、同校におけるICTの取り組みや学校改革を統括するイノベーションディレクターだ。iTunes UやPodcastなどを活用した日本語学習を実践し、同氏が作成したiTunes Uの日本語学習コンテンツは世界中で広く利用されている。 

基調講演の冒頭で萩原氏は、2014年に同校を卒業した「Class of 2014」と呼ばれる学年の学習成果について述べた。この学年は、ちょうどコルベ・カトリック・カレッジがMacBookやiPadによる1人1台(1to1)環境を実施した2009年に中学入学をした学年だ。彼らが6年間でどのように変化したのか、2009年(7年生時=中学1年生)と2011年(9年生時=中学3年生)に受けた全国学力テストの結果を比較した。 

photo2Class of 2014の生徒が2009年(上)と2011年(下)に受けた全国学力テストの結果 

Class of 2014の生徒は、2009年の7年生時(中学1年生)に受けた全国学力テストの結果で、どの教科においても平均点を下回った。そもそもコルベ・カトリック・カレッジは日本の私立中学と異なり、学力で入学選考をしないことから、入学時の生徒の学力は毎年全国平均よりも下回るという。2年後に受けた全国学力テストの結果についても、読解の教科でやや平均点に近づいたものの軒並み平均点以下となり、中学時代は学力の面で目立った変化がなかったことがわかった。

ところが、Class of 2014の生徒が12年生(高校3年生)の時に受けた大学入学共通試験の成績は萩原氏の予想を大きく超えた。毎年、同試験の成績は、基準点である75点を超えた生徒が何名いるかによってトップ50の学校名が発表されるが、コルベ・カトリック・カレッジは166校中、トップ24位という結果を残すことができた。萩原氏は「この成績が意味することは、6年間にひとりひとりの生徒が力をつけたということだ」と手応えを述べる。 

6年間でトップ24校に入った要因はなにか? 

萩原氏は、中学時代に学力の変化が見られなかったClass of 2014の生徒らが、高校3年生の最後に学力向上ができた要因について、次のように分析している。

①入学時から1to1環境で学習をしていたこと
②9年生(中学3年生)の時にChallenged Based Learning(※CBL)に取り組んだこと
③ラーニングセンターで学習する生徒が増えたこと
④Growth Mindsetを持つことができたこと

※CBL=Challenged Based Learning、課題解決型学習のこと。Project Based Learningとも呼ぶ。欧米の教育機関で広く行なわれている学習スタイルで、教師はテーマや課題を与えて、あとは生徒が議論やリサーチをしながら課題解決していく学習のこと

萩原氏は上記4点のなかでも、特に③と④について説明を加えた。

コルベ・カトリック・カレッジでは、学校改革の一環として図書館を廃止し、学びの共有空間ともいえるラーニングセンターを新設した。利用時間も、オーストラリアでは珍しい朝7時から夕方5時30分までとし、生徒が授業前や放課後の時間を利用して学習できる環境をつくった。

注目すべき点は、Class of 2014の生徒らが、9年生(中学3年)で取り組むChallenge Based Learningをきっかけに、ラーニングセンターに来て学ぶ生徒が増えたことだと萩原氏は話す。その後、同学年の1/3の生徒が、毎日ラーニングセンターに通って勉強するようになり、利用者の内訳も成績中間層から下位の者の利用率が高いことが分かった。その後の追跡調査では、彼らのほとんどが次の学期で成績を上げていたことも明らかになっている。

萩原氏はこれらの分析をもとに、9年生時に取り組んだChallenge Based Learningを評価し、自ら課題を見つけて解決していく課題解決型学習が、生徒の学ぶ態度に変化をもたらしたのではないかと説明する。加えて、このような学習を通して「生徒たちがGrowth Mindset(グロースマインドセット)を持つことができたのではないか」と結論づけた。

photo4

Growth Mindsetとは、スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドウェック教授のMindset理論から来ており、自分の努力によってずっと成長できると考える「成長思考」を持った人を指す。Fixed Mindset(固定思考)と対比して語られることが多く、自分の能力をどのように捉えるかによって成長の幅が異なるという考え方だ。萩原氏は、「Growth Mindsetについては、今後の教育を語るうえでキーワードになるだろう」と予測している。

キャロル・ドウェック教授がTED Talkで語ったGrowth Mindsetに関するプレゼンが参考になると萩原氏は話す。下記のURLにぜひアクセスして頂きたい。

ICTを使う目的は、学習の多様化と個別化の実現

学習成果を上げることができたコルベ・カトリック・カレッジだが、そもそもICTに対しては、どのような考えを持ち、取り組みを進めているのか。

萩原氏は、教育現場でICTを使う目的について、生徒一人ひとりの学習はすべて異なるという認識を持ち、学びの個別化・多様化を実現するためにICTを用いるべきだと主張する。タブレットを導入しても、皆が一斉にPDF化されたプリントの課題を解いたり、同じ内容のことをしているのは、ICTを活用しているとはいえない。たとえ、同じ課題に取り組んでいても、ゴールに向けての進み方が幾通りもあるような学び方を教育者は提供し、生徒の学ぶ態度を変える必要があると萩原氏は語る。

では、具体的にどのような点に考慮して、学びの個別化、多様化を目指すべきか。萩原氏は、学習者の個別化(differentiation)には、下記の3つの視点が必要だと指摘する。

Learning Profile differentiationー学習形態・好みの違い
Interest differentiationー興味・関心の違い
Readiness differentiationー発達段階・学習準備の違い

学習者はそれぞれ、発達段階や学習内容の理解が異なるのはもちろん、教科に対する興味や関心も異なる。学習の取り組み方においても好みがあり、紙で学ぶのが好きな者もいれば、タブレットで学ぶのが好きな者もいる。従来、学習者が持つこのような違いは、一斉授業の中で生かされることはなかった。しかし、ICTは個人に応じた学習を実現することが可能なツールであり、萩原氏は、「これからの教育を考える時に、Differentiationの考え方を持っているかどうかは重要になる」と語った。

ICTを用いた学びで、学習者のどのような能力を伸ばしていくべきか。萩原氏は米ハーバード大学教授のHoward Gardner氏が唱えたMultiple Intelligences(多重知性)を挙げた。Multiple IntelligenceとはMI理論とも呼ばれ、人間は8つの知性(下記写真参照)を持ち、それぞれの知性を伸ばすことができるという考え方だ。一般的に学力といえば、国語や算数といったひとつの知性を指すことが多いが、今はMI理論によって、8つの知性を学力と捉える考えが広がっている。萩原氏は、これらの知性を伸ばすためにICTを活用していくべきだと主張する。

photo5Multiple Intelligences(多重知能) 

具体的には、8つのそれぞれの知性を段階的に伸ばすことができる学習内容を用意することが望ましいと萩原氏は語る。8つの知性をベースにした学習のレベルを5段階「Remember(記憶)」「Apply(応用)」「Analyse(分析)」「Evaluate(評価)」「Create(創造)」で設け、一つひとつに当てはまる学習や教材を用意する。生徒は、いつでもそれらを使って学ぶことができるようにし、そのような環境づくりにこそICTを活用していくべきではないかと語る。

photo6

上記写真が、8つの知性を伸ばす学習内容を具現化したもの。例えば、「自然環境的知性(Naturalist)の優れた子どもが、応用として学ぶ学習には何があるか?」「音楽的知性の高い子どもが、分析の学習ができる内容はなにか?」という具合に捉えて学習内容を考えるというのだ。

さらに学校を変えていくために必要なこと

萩原氏は、さらに学校を変えていくために必要なこととして、4つの視点を挙げる。

1,Content
教育内容をどのようにデジタル化するか。萩原氏の場合は、6年間で学ぶ全ての内容をiTunes Uにおさめている
2,Process
生徒自身がどのように学習するのが良いかを選べるようにする。子どもによっては、一人で勉強したい、グループで学びたいなど好みがあり、それに対応していく。もちろん場合によっては、みんなで取り組む場面も作る。教師自身が、学び方は幾通りもあることを認める
3,Products
生徒がどのように自分を評価してほしいかを考える。試験は紙と鉛筆だが、評価の方法はもっと他にもある。書くことが苦手な子は言葉で説明するなど、子どもに自分の評価について考えさせる(ただし、大学受験の年齢には現実問題として追求しづらい)
4,Environment
学習環境を流動的にする。いつでも、どこでも学習できる環境を提供する
テクノロジーの動向よりも、教師の役割を見直す動きへ

萩原氏が毎年注目している報告書に「Horizon Report」(The New Media Consortium)がある。教育ICTに関わる将来的な展望をまとめたもので、テクノロジーを中心とした内容が記されている。そんなHorizon Reportの2014年版に関して、「とても興味深い内容だった」と萩原氏が述べた。

なぜなら、テクノロジーの内容が多い同レポートであるが、2014年版については「教師の仕事をもう一度見直し役割を変えること」「学習をより深いものへ変えていくDeeper Learningへのシフト」という具合に、テクノロジーとは全く関係のないことが書かれていたからだ。

萩原氏は、Deeper Learningについて説明するとともに、「より深い学習へ変えていくためには、“学ぶ”と“実践する”をつなげる課題解決学習に取り組むことが大切だ」と語った。子どもたちの生活から離れた教材で、人為的に学ぶことを辞め、学習の中に経験や体験を盛り込みながら、子どもたちの希望・欲望・自主性・忍耐力を育てていく。それを可能にするのは、ICTであり、教員であるのではないかと投げかけた。

 

執筆者

神谷加代/フリーランス・ライター。2010年にアメリカから帰国後、ブロガー&ライターとして活動を開始。主婦向けにタブレットの活用方法を綴ったブログなどで情報発信を行う。2012年に教育関係者向けの書籍『iPad教育活用 7つの秘訣』を執筆。以後、Webメディアを中心に教育IT関係、キッズプログラミングの分野を多く取材。教育IT系のコンテンツ制作やプロモーションなどにも携わる。