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「70%の電子化」で全国に広がるペーパーレス議会の効能【case study】

ペーパーレスが言われ始めて久しいが、相変わらず紙を減らせられないでいるビジネス現場はまだまだ多い。しかし、プリントやファクスを減らすメリットには、目に見えるコスト削減と目に見えないコスト削減が存在する。そのためには紙である必要と不要を「体感」しないかぎり、改善に対し本気で取り組めないのかもしれない。本稿ではその「体感」を、地方自治体の議会に対し、タブレットで推し進める事例を紹介する。東京インタープレイ株式会社 代表取締役社長 米田英輝氏を訪ねた。

急速に広がるペーパーレス議会

SideBooks(サイドブックス)」というiOSAndroidアプリを個人的に使っている人も多いだろう。2011年というiPad発売の翌年に登場したPDFビューワで、軽快で使いやすいことから人気を博した。当時は、自炊本が流行していて、PDF化した書籍を読むのに使われていた。しかし、自炊本ブームが一段落すると、SideBooksの名前を耳にする機会も減っていったが、意外なところで大活躍をしていた。それは、地方自治体のペーパーレス議会に使われていたのだ。

神奈川県逗子市議会が2013年5月に導入したのを皮切りに、現在ではすでに21の地方議会が導入し、3月までに6議会の導入が決定、検討中の議会は多数に登る。「近々100自治体を超えるのはほぼ確実と見ています」(東京インタープレイ 米田英輝代表)。わずか2年半でここまで広がったのには、地方議会の横の伝播力があった。

「地方議員の方々は議会改革や新たな取り組みについて調査研究を熱心にされており、他の自治体でのさまざまな成功事例を視察して、地元に導入することもたくさんあります」

ペーパーレス議会も、このような視察によって、急速に広がっているのだ。

PCではうまくいかなかったペーパーレス

一概には言えないが、それでも議会は近年では考えられないほどの紙書類が使われている。1議会あたり議員1人1000枚〜数千枚。議会が年4回開催されるので最少でも4000枚。議員数が25名程度の場合、自治体側の理事者(行政)は倍の50名いるケースが一般的で、理事者は1000枚の倍にあたる年間2000枚を消費する。つまり、25名の議会では、議員1000枚 x 25、関係者2000枚 x 50の紙が使われるイメージだ。合計で、年間12.5万枚の紙が消費されている。

その理由は、例えば条例制定の場合は概ね次のプロセスがあることに起因する。起案者がたたき台の条例案を印刷し、議員全員に配付。議員はそれを見て問題のある部分に赤字修正などを入れる。それを事務局が取りまとめ、修正した条文を再度全員に配付。このプロセスが何度も繰り返される。紙のコスト、印刷のコストもばかにならず、配付するたびに印刷作業、綴じ作業、配付作業、廃棄作業をする事務局の労力負担もばかにならない。ほかにも予算決定や認定など議決事案における多くがこれらプロセスに則って進められている。

このフローには以前から議会でも問題視をされていて、たびたびPCを導入する方法で、議会書類の電子化は試みられてきた。

「しかし、うまくいきません。議員の方のITリテラシーは幅が大きい。PCをまったく使ったことがない方もいらっしゃいます」

東京インタープレイ株式会社、米田英輝代表取締役。紙書類と電子書類を比べて、「横断検索ができる」「コストが抑えられる」「作業負担が小さい」など、電子書類のメリットは語られるが、「操作を覚えなければならない」「複数の書類を同時に閲覧しづらい」「メモが簡単にかけない」などデメリットはあまり語られない。SideBooksの開発は、この電子書類のデメリットを徹底的に解消することが軸となっている。

リテラシー以外にも問題はあった。それはPCを使って書類を電子化することで、かえって紙よりも使い勝手が悪くなってしまう部分もあったのだ。例えば、「すぐに目的のページが開けない」「ページめくりが1枚ずつで面倒」「ちょっとしたメモを書き込むのに、いちいちテキスト入力をしなければならない」などだ。

2012年の年末、東京インターブレイに神奈川県逗子市議会のある議員から相談が持ち込まれた。個人的にSideBooksを使っていたが、これを利用してペーパーレス議会を実現できないかという主旨だった。ちょうどSideBooksのクラウドサービス「クラウド本棚」を開発している最中だったこともあり、うまく応用すれば、事務局が必要なPDF書類をクラウドにアップするだけで、全員に配付が終わるというペーパーレス議会が実現できる。SideBooks開発チームは、それだけでなく、紙と同じ使い勝手にすることにこだわり、「電子書類が紙に劣っている点」を徹底的に解消していく開発を行った。

SideBooks「ペーパーレス会議/議会システム」は、管理者がPCを使って、クラウド本棚にPDF書類をアップロードすると、それがあらかじめ設定したSideBooksユーザーが見られるようになるという仕組み。印刷、配布、廃棄などの紙書類での作業がまったく不要になる。

その最たるものが「見開き表示」だ。紙書類と比較した場合、電子書類が圧倒的に弱いのが「たくさんのページを同時に表示できない」という点だ。紙の書類であれば、机の上に何枚もの書類を並べて、比較しながら考えていくことができるが、タブレットでは原則1ページの書類しか表示できない。そこでSideBooksでは見開き表示にこだわった。

SideBooksは、通常のタブレット表示では縦置きで1ページ表示、横向きにすると見開き表示になり2ページ分が表示される(これ自体そもそも他のアプリではなかなか実現しにくい)。しかし、見開き表示すると本文文字サイズが小さくなるので、ピンチアウトして拡大をすることが多い。ピンチアウトした状態で次の見開きを見たくなったとする。一般的なアプリでは、拡大表示のときにはページ遷移ができず、ダブルタップなどでいったん標準表示に戻してから、スワイプしてページ遷移をすることになる。SideBooks開発チームは、この点に問題を感じ、拡大表示をしている状態でもスワイプすれば、ページ遷移ができるようにした。

さらに、「昨年の資料と今年の資料を並べて、比較検討できるようにしたい」という要望も寄せられた。通常の開発の感覚では、タブ表示を導入したり、画面分割や、複数の書類をメニューから切り替えられる機能を追加しようと考えてしまう。しかし、その分、余計なメニューが増え、操作ステップも増え、不慣れな人には使い方がわかりづらく、「使い方を学ばなければ使えない」システムになっていく。SideBooks開発チームが出した結論は「機能ではなく、運用で解決すること」だ。

「もし、昨年の資料と今年の資料を比較するのであれば、昨年の資料は紙で見て、今年の資料をタブレットで見てくださいとお願いしたのです(あるいは逆も)。アプリに機能を追加することは簡単です。でも、それをやっていくと、どんどん使い方が難しくなり、動作が重くなっていきます」

よく議論になるのが、ページ遷移をするときの視覚的にページがめくれているかのような「めくりギミック」の問題だ。タブレットを使い慣れた人にとっては不要なもので、スライドしてページが遷移していく方が洗練された方法であるかのように見える。しかし、SideBooksはあえてめくりギミックを入れている(設定でオフにすることも可能)。

これが、ITに触れた経験のない人に重要なシグナルとなっている。初めてSideBooksに触れる人は、めくりギミックを見て、「紙と同じ感覚で扱えるのだ」というシグナルを受けとることになる。するとその人は「紙でこういうことができるのだから、タブレットでもこうできるはず」と、紙書類を扱うことで構築された経験スキームを利用して、タブレットの操作方法を推測する。

しかし、往々にして、「拡大表示のままページ遷移ができない」など、紙書類では起こり得なかったトラブルにつまづくことになる。ここで多くの人は「使いづらい」という印象をもってしまうのだ。SideBooksは、このような紙書類的操作が可能な限り、通用するように設計されている。そのため、ITリテラシーに幅のある議会でも受けいられることになったのだ。

SideBooksは、徹底的に紙書類と同じ感覚で使えるように配慮されている。これがITが苦手な議員にも受け入れられている理由だ。メモは、タブレットではなく、紙に取ればいい。それを撮影すれば、当該書類ページに貼り込まれる仕組みだ。無理をしない、「70%の電子化」だからこそ、受け入られやすい。

100%ではなく、70%の電子化を目指すのが成功の鍵

「100%の電子化は求めません。紙が優れている部分は紙を使えばいいのです。それでも70%の電子化ができれば、効率やコストは格段に向上するのですから」

面白いのは、書類にメモを書き込む仕組みだ。タブレットの手書き機能は、アンダーラインやマークを入れるならともかく、指で細かい文字を書きこむのは現状では無理がある(いったん拡大して指で文字を書くなどのユーザー側の工夫が必要になる)。SideBooksでは、メモは紙のメモ帳に書く。そして、これをタブレットのカメラで撮影すると、当該ページに貼りこまれるという仕組みになっている。

「iPad Proはペン(Apple Pencil)による手書き入力がとても優れています。これを導入してくれれば、紙のメモを使う必要がなくなり、より効率化が進むと思います。今後、弊社としてはペーパーレス会議にはiPad Proを推奨しています」

「紙と同じ感覚で使えるペーパーレス」をキーワードに、Sidebooksは議会に浸透していった。すると、今度は議員から「カレンダーの共有ってどうやるの?」というSideBooksとは関係のない質問も寄せられるようになってきた。SideBooksによりタブレットを使い始め、その他のタブレットの機能も使いたいと考える議員が増えてきている。SideBooksが入口となって、議員のICT意欲が高まり始めているのだ。

これこそ米田氏が狙っていた点だった。紙書類をSideBooksに置き換えると、不要になる紙の購入代でタブレットが購入できる。印刷代、作業人件費を考えれば、翌年から黒字になる。しかし、それだけでは意味がない。これをきっかけとして、「議会でのICT利活用が進むことを期待している。これまでもタブレット導入に伴うルールについてアドバイスを求められることが多くあった。弊社としては極力、使用制限を最小限にし、さまざまなアプリインストールや議会でのネット活用、他市事例の調査研究に利用してもらうことで、議会改革を進めてもらいたいし、そのサポートを今後も行っていく」と米田氏は話す。

【取材後記】神奈川県逗子市の導入から4年目。これからの人口減少を見据え、ますます業務の効率化を実施していく必要のある地方自治体と、ICT化によって審議の深化が進む地方議会においてペーパーレス議会の推進は理に適っている。少子高齢、過疎、税収、情報不足など、危機感やネガティブ要因を上げだせばきりはないが、だからこそモバイルテクノロジーが活躍できる場面は実は多い。日本の行政のICT化は中央ではなく、周辺部から始まっていくのかもしれない。

 

東京インタープレイでは、SideBooksのシステムを利用して、「ちいき本棚」「自治体の本棚」「議決システム」なども開発している。地方自治体の広報誌を住民に簡単に配布する仕組みだ。米田氏はペーパーレス議会を起点に、地方行政のICT化を進めていきたいと考えている。

 

Author

牧野武文/テクノロジーと生活の関係を考えるITジャーナリスト。IT関連本を中心に、「玩具」「ゲーム」「論語」「文学」など、幅広くさまざまなジャンルの本を執筆。著書「Macの知恵の実」「横井軍平ゲーム館」「大失言」「萌えで読み解く名作文学案内」「ゼロからわかるインドの数学」「Googleの正体」「論語なう」など。