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変革する伝統校「鎌倉学園」と県立高校改革に積極参画する「知事補佐」との教育ICT2時間半【topics】

神奈川県にある学校法人 鎌倉学園の小林勇輔教諭は、ICTを活用したユニークな授業を展開していることで知られる。一方で、神奈川県の根本昌彦知事補佐は、教育委員会とともに、神奈川県立高校の改革にICTの側面から取り組んでいる。本稿では、私学で現場から教育を変えていっている小林教諭と、公教育の改革を目指す根本知事補佐が出会い、GMBA編集部も加わって「教育の将来」に関する鼎談をお届けする。私学と公立が手を携えて、教育を変えていく礎が生まれようとしている。

神奈川県鎌倉市にある鎌倉学園の小林勇輔教諭は、一斉授業という伝統的なスタイルを捨て、ICTを活用したユニークな授業を展開している。講義はビデオ教材にまとめられ、生徒には自宅などで「いつでも、どこでも、何度でも」見ることができる。授業中はグループに分かれ、同級生同士で教え合いながら、課題に挑んでいく。小林教諭は、生徒全員の進度をGoogle Apps Educationの課題提出状況で把握し、授業中にワンポイント解説を行うなど適切なサポートをしていく。進度の速い生徒は自立学習でどんどん発展的な課題に挑んでいき、進度の遅い生徒には個別指導に近い形のフォローまでできる。

提出された課題は、教師側からは提出状況が一覧で見渡せる。クリックすると、誰がどのような提出をしたのか詳細が確認できる。生徒の進捗状況がリアルタイムで把握ができる。

一方で、神奈川県で行政改革・観光戦略・知事特命における知事補佐を担う根本昌彦氏は、神奈川県教育委員会が進める県立高校の改革にも参画している。生徒数の減少に伴い、5つの広域地域に分けて、それぞれの地域の事情を踏まえ再編。142校ある高校も大幅に再編統合する予定だ。こうした高校の再編だけでなく、教育の質の向上を図るために、5つの広域地域でICT利活用授業研究推進校やプログラミング教育研究推進校、グローバル教育研究推進校といったカテゴリで高校を指定し、社会に出てから活躍できる人材育成を試みていく。

根本知事補佐は、雑誌記事で小林教諭のユニークな授業スタイルを知り、ぜひ参考にしたいということから、今回の訪問が実現した。根本知事補佐は、鎌倉学園を訪れ、教室などの設備面や授業風景なども視察後、小林教諭、GAMB編集部との鼎談を行った。

 

眠っている図書室を学びの場として活用する
GMBA編集部(以下、GMBA):先ほど見学させてもらった図書室での社会科の授業では、先生がiPadを用いてワイヤレスでスクリーンに動画を写しだして授業を進めていましたね。図書室を教室の代わりに活用することは以前からされていたんですか。

小林教諭(以下、小林):たまたまです(笑)。校舎リニューアル中のため、限られた教室にしかWi-Fi環境がありませんでした。そこで、授業ではあまり利活用されていなかった(Wi-Fiが配備されていた)図書室に目をつけ、iPadを用いた授業を始めたところ、これは授業のスタイルを大きく変えられるかもしれないと気づいたんです。大きな黒板がないなら、ホワイトボードを使えばいい。そういうことで、徐々に一斉授業のスタイルから脱していきました。
GMBA:一般企業のワークスペースっていまどきは結構進化していて、もはや家庭のリビングのような感じのところも増えています。そのほうが仕事の能率が上がるという理由だと思われますが、学びの場は、先生が黒板の前にいて、生徒が黙って聞いているみたいな明治以来の標準形がいまだに一般的に思えるのですが…。

根本知事補佐(以下、根本):小林先生の授業は、解説を聞いている生徒もいれば、グループで議論している生徒もいるという、今までにはないスタイルですね。

小林:授業の中で生徒がどのように勉強しているかを知らない人から見ると、ただの学級崩壊にしか見えないでしょうね(笑)。でも場所を変えて勉強するというのが意外にいい刺激になるんです。同じ教室に居続けて、各教科の先生がやってくるのではなく、自分のほうから教具を持って教科の教室に移動する。大学では普通のことなんですから、高校もその方式でもいいのかなと思います。

根本:どの公立高校でも、図書室の利用率はそう高くはないでしょう。授業で図書室を活用するというのはいいアイディアですね。文献資料もたくさんあるので、すぐに調べられますし、それで生徒たちが授業時間以外にも図書室を利用するようになる。

小林:図書室で、図書と同じ感覚で、タブレットやPCの貸出ができればいいなあとも思っています。本と同じようにデジタルデバイスを使ってネットの資料を調べられる。図書室とパソコン教室が一体となったマルチメディアセンターのような施設になればいいと思います。
学び方を変えるための長期的視点
GMBA:生徒がビデオ教材などで学習する。課題提出をするときは、自分のスマートフォンを使うのでしょうか。
小林:今は、学校の学校のiPadとお借りしているChromebookですね。課題は紙のノートで行って、それを撮影して、Google Classroomで提出させています。自分のスマホを使う生徒は、クラスの内、2、3人でしょうか。でも、それはLTEパケット通信の容量制限があるからなんです。なので、将来的には生徒の持っているデバイスを学校のWi-Fiネットワークに入れるBYOD環境を実現したいんです。
GMBA:みんなが自分のスマホを使うようになれば、学校側はタブレットなどの機器を用意しなくてもよくなりますね。
小林:それが最終的な目標です。デバイスは、それぞれの生徒が使いやすいものを使えばいいんです。ただ、そこにいきなりいくのはなかなか難しくて、学校が用意したデバイスを貸し出す、同じデバイスを生徒全員が持つなどの段階を踏む必要もあるのかもしれません。

小林勇輔(こばやし ゆうすけ):鎌倉学園中学校・高等学校 教諭。物理を専門とする一方、鎌倉学園のICTの旗振り役、サッカー部顧問としても尽力している。最近ではGoogle教育者グループ(GEG)の1つであるGEG Kamakuraのオーガナイズも開始した。

根本:各生徒の学習進度が、Google Classroomで可視化できている点が素晴らしいですね。

GMBA:これなら、例えばインフルエンザで学級閉鎖になっても、自宅で学習を進められますね。
小林:自学できる能力が養われた生徒であり、自宅にPCやタブレットがあれば学習が続けられる環境は整ったと思います。
GMBA:そうなると、学校にくる意味というのが従来とは違ってきますね。授業を受けに学校にくるという意味は薄くなっていく。
小林:ええ。先生や友人に会うためにくる。それから何か新しいことと出会うために学校にくるという、新しい学校の価値が生まれていくのかもしれません。
GMBA:心地のよい“半強制”環境ができているのかもしれない。自宅で孤独に一人で勉強しろといってもなかなか続けられるものではない。でも、学校にくれば、同級生がいるし、先生もいるし、勉強のスイッチが入るというような。

小林:そういう環境にはなっていると思います。その場に、僕(教師)がいる意味は大きいと思います。僕がいない自習時間だと、やれる生徒は自分でやれるんですけど、どうしてもついていけない生徒が出てくる。僕がいて、目配りをして、声をかけてということが、やっぱり意味のあることなんだなと実感しました。
GMBA:そうなると先生の役割が、ティーチングではなく、コーチングに近くなりますね
小林:それが目標でした。個に応じた学びの環境を与えてあげたい。やり始めて気がついたんですが、進度の速い生徒と遅い生徒の差はものすごく大きいんです。そういう差のある生徒が、同じ教室で同じ授業を受けなくてはならない一斉授業というのは、お互いかわいそうだなと。でも、一斉学習からの脱却を実現するには、教師よりもむしろ生徒の能力のほうが必要になります。

根本:なるほど、生徒の能力のほうですか。

根本昌彦(ねもと まさひこ)神奈川県知事補佐(行政改革・観光戦略・知事特命担当):2013年2月より神奈川県のCIO(情報統括責任者)に着任し、県庁内のスマート化を図るとともに、地方自治体全体のICTを活用したスマート化の立案と実現化に向けて奔走する。主な著書に『未来予測2006-2020』(日経BP)『未来学』(WAVE出版)『まさかの業界再編』(ソフトバンク・クリエイティブ)などがある。

小林:担当クラスの高校2年生たちも、すぐに今のスタイルに慣れたわけではなく、2〜3カ月程度は試行錯誤の毎日でした。先生以上に、生徒が新しい学び方に慣れるのには時間がかかりますし、想定される問題点の多くは露呈します。特に一斉授業しか知らない生徒たちは、いきなりアクティブ学習と言われても戸惑うばかりです。それでうまくいかなかった例は当然あります。
GMBA:どういうところが問題になったのでしょう。
小林:生徒が先生に頼りすぎてしまう。「教えてくれない」という不満を持ってしまうんですね。鎌倉学園の中高一貫生は6年間あるので、中学1年次から少しずつでも「学び方」を指導できれば、主体的に学ぶことができる高校生が増えるのではないかとも思っています。

根本:その6年間でアクティブ学習に移行するというビジョンはいいですね。公教育でも、そういう長期的な視点でも、カリキュラムを考えていかなければならないです。自主学習の意味、やり方も最初は教えてあげなければわからないですから。

小林:そうです。教師のほうが押しつけるように、いきなり主体的に学べと言っても生徒はできるものではありません。

公立と私学の違いと連携
GMBA:公教育の場合、文科省の方針で、小中9年間を単位として考える方向に向かいつつあります。一方で、私学の場合は中高の6年間を一貫教育として考える傾向にありますね。

根本:県でも、中等教育学校2校と連携型中高一貫教育校を設置していますが、基本的には制度的にも中学までは市町村立で、高校は一部を除いて県立なんです。ですから、高校は3年間で教育を組み立てていかなければならない。そこに難しさがあります。

小林:今、私たちはGoogle教育者グループをつくって、私立高校の先生を中心に情報交換をしています。まだ公立の先生がいないんですよ。

小林教諭が参加するGoogle教育者グループでは、「自分の未来を、自分でつくるU-18」という活動をしている。18歳以下であれば誰でも参加できるプロジェクトであり、学校の枠組みを超えた教育活動はすでに始まっている。

GMBA:私立の中高一貫、公立の小中一貫という違いから、公立高校の教員だけ、交流の場が見つけづらいのかもしれませんね。

根本:県立高校の先生は50代以上の人が多く、T字型の世代分布になっています。あと5年で、このような先生方が定年を迎えると、教員の世代交代が一気に進みます。高校生も減少するので、学区も5つに集約し、学校の数も思い切って減らす。モデル校をつくって、先進的な教育をしていこうという大改革をやろうとしています。これは教育を変える大チャンスだと思っています。

小林:すごいな、神奈川県。僕の中では、神奈川県の教育は遅れているイメージすらありました。考えを改めなければいけないですね。

根本:私立に追いつこうと必死です。

小林:私立も、意外と周りを見ているんだと思います。公立校がこういう試みをしたというのは気になるんです。それで、やばいなやばいな、うちも頑張らなくっちゃと思う。

根本:改革のめざす生徒像に「社会とかかわり貢献する力を身に付けた人」に育てるということがあります。社会に貢献できる人になるということ。それが生きていく力になっていく。

小林:私も、これからの世界に役立つ人材になってほしいと思っています。そこは私立もまったく同じです。

根本:同じ目標に向かって、公立と私立が交流をし、助け合い、そして競い合って、切磋琢磨していく。そういう関係を築いていきたいですね。

小林:ぜひ、公立の先生にも私たちのGoogle Educator Groupに参加していただきたいです。

根本:それ、すぐやりましょう! 研究熱心な先生は多いので、声をかければ、参加する先生は多いと思います。会議とか連絡会というものではなく、このような密な交流がお互いの刺激になると思います。知事にも鎌倉学園を視察するように進言します。百聞は一見にしかずですから。

 

Author

編集部、牧野武文/テクノロジーと生活の関係を考えるITジャーナリスト。IT関連本を中心に、「玩具」「ゲーム」「論語」「文学」など、幅広くさまざまなジャンルの本を執筆。著書「Macの知恵の実」「横井軍平ゲーム館」「大失言」「萌えで読み解く名作文学案内」「ゼロからわかるインドの数学」「Googleの正体」「論語なう」など。